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この1年で自分のサーフィンは飛躍的に上達したと実感している。といっても、この技ができるようになったとか、デカ波でも入れるようになったとか、そういうわかりやすい上達とはちょっと違う。

一言で言えば、海にいるときに見えている世界が広がった、ということだ。うねりはどう入ってきて、どこでどう割れるのか? ラインナップの中ではどのサーファーが一番乗っているのか? そんな当たり前のことも、もっと前はあまり見えていなかったのだと今になってわかる。当時は見えていると思っていたけれど、実際たいして見えていなかったんだ。

顕著なのはテイクオフから横に滑り出したときの視界の広さの違いだ。これまではせいぜい自分の1、2メートル先くらいしか見えていなかった。場合によってはこれから崩れる波ではなくて岸の方を向いていることもあった気がする。けれど、いまは、テイクオフをして立ち上がる瞬間、 進行方向、かなり遠くの波の筋まで視界に捉えることができる。そして、どこで掘れそうなのか、どこでセクションが入りそうなのか、読める。

精神世界、スピリチュアルの世界で「意識の拡大」という言葉をよく使うけれど、きっと同じことなのだと思う。意識できる、あるいは感知できる世界が拡大するということ。これまで意識できず、感知していなかっただけで、その現象なり物事なりはずっとそこに「在」ったし、これからも「在」る。なのに、意識、感知していないと、その現象なり物事は「ない」ことになる。そう考えると不思議。でも、これからどんどん「在」ることに気づけたら楽しいだろうなと思う。

では、どうしたら、意識、感知できる世界を広げられるのか。修業好きのわたしはつい山ごもりしたり、隠遁生活をしたくなるけれど、でも、きっと、この俗世で、何でもいいから、一つでいいから、何かにとことん打ち込むことが意識拡大には大事らしいと最近よくわかるようになった。サーフィンでも、仕事でも、子育てでも、パートナーシップでも、なんでも、何かと本気で対峙したら、得られる学びというのは人生の、世界の本質的なものになる。だから、入口はきっと何でもいい。ただ、本気で対峙するって考えたら、好きな物事じゃないとできない。

20代、30代はワーカホリックだったが、40代はサーフホリック。でも、この歳にして、ここまで好きでのめりこめるものに出会えていることはしあわせだ。サーフィンから教わったことは多い。これからもまだたくさんあるんだろう。

1年後のわたしが見ている世界はいまよりどのくらい広がっているのだろう。ワクワクする。

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