ちゃんと靴を履かない(履けない)人たち

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東京から鵠沼に引っ越したとき、町を歩く人のビーサン(ビーチサンダル)率の高さに驚いたものですが、サンディエゴのエンシニータスではビーサンは普通のことで、それどころか裸足の人が多くて驚かされます。

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いい年齢のおじさんも、かわいらしい若い女の子も、ふと足元を見ると裸足。海沿いの道だけでなく、カフェやドーナツ屋、コーヒーショップ、サーフショップにもたくさん裸足族がいます。たぶん、裸足族=サーファーです(笑)。

わたしは、これ、「わー、さすがビーチカルチャーの根付く町❤️」とかなり羨望を持って見ていて、自分もどこでも裸足で歩けるようになりたいと意気込んでいるのですが(だってあの人たち公衆トイレも裸足で行きますから!)、しかし、ただいま彼氏募集中のサーフィン仲間、Rちゃんは、「いま働いている高級料理店にはちゃんとした人たちがいっぱいいていい」というようなことを言っていて、ちゃんとした人たちってどういう人かと聞いてみたら「ちゃんと靴を履いている人たち」と返ってきたので大笑いしてしまいました。

もちろん、靴を履く、履かないは比喩みたいなところもあって、彼女が言いたいのは「靴を履いている人たち=サーファーじゃない人たち」ということです。

きっとサーフィン歴が長く、ばりばりのサーフカルチャーの中で暮らしてきた彼女はちゃんと靴を履かないサーファーたちがまわりにたくさんいすぎるため、靴を履く人たちが真新しく見えるんでしょう。一方、30歳すぎるまで東京でばりばり働いていたわたしは、靴を履いている人たちといる時間が長かったので、ちゃんと靴を履かない人たち(サーファー)が真新しく、憧れるのです。

この間、『ビッグウェンズデー』を監督のコメント付きバージョンで見直したら、監督が「サーファーは靴を履くことさえできないんだ。そんな人たちが軍に入ってちゃんと命令に従えるはずがない」みたいなことを話していて、これもまたおかしかったです。

実際、サーフィンで裸足になる機会が多くなると、裸足の気持ち良さを知ってしまうのですよね。裸足になると開放感があるのはもちろんなのですが、足の裏の感覚、つまり足の裏からの情報が増えることも気持ち良さに関係しているような気がしています。脳にしてみたらいま自分のいる場所の状況を目や鼻、耳以外に把握する要素がひとつ多くなるということだから、その分、気を張らなくていいというか、楽チンになるんじゃないかしら。

愛おしき、靴を履けない人たち。自分がその仲間であることをちょっと誇らしく思う時点で、もう靴を履ける人には戻れない気がします(笑)。

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