ご近所さんのチリパーティー

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サンディエゴは、飲食店ならフルキャパシティーの25%まで、かつアクリル板で仕切る、メニューの消毒(もしくは使いまわしでないメニュー表を使う)など、レギュレーションに準れば店内飲食を再開していいことになっています。

美術館もフルキャパシティーの25%、ヨガのスタジオは10%など業種によって細かく規定がありますが、その規定で営業できるように体制を整えてリオープンするところもあれば、クローズしたままという選択をしているところもあります。わたしも相方もまだ自宅勤務ですし、取材も、屋外で、もしくはオンライン通信でしか行っていません。

感染者は増えていて、また飲食店のクローズが命令されるのではないかとの噂?も出ています。ただ、私の周囲を見る限りでは、屋外で、人との距離がそこそこ取れて、共有物は消毒するようにすれば感染を防止できるという認識でいる人が多いようで、ロックダウン当初に比べると、人々は街に繰り出し始めているし、活気も取り戻していると感じています。

ご近所さんで、いつも週末の夜になると焚き火を囲みながらちょっとした会合を企画してくれていたSも、クローズダウン(Stay Home Oder)してから半年以上、会は開いていませんでしたが、今週、本当に久しぶりにお声がかかりました。

題してチリパーティー。それぞれ作ったチリを持参してもらい、みんなで食べて、おいしかったチリを投票で決めるという企画。私は仕事ではいろんな企画をするくせにプライベートでは全くなので、Sのその企画力、実行力にいつも感服しています。

並べられたチリ。力作ぞろいです。

火を囲んで談笑。

Sはフィリピンからの移民ということもあってか、同じアジアの日本からの移民であるわたしをとりわけ気遣ってくれ、とてもありがたいです。

思えばわたしが東京で働いていた頃は、どこかのコミュニティーに属するということがたいそう苦手でした。カフェなどで「いつもありがとうございます」と常連であることを認識されたら逃げ時だと思っていました。

鵠沼に住むようになって、地域コミュニティーの結束力みたいなものを間近で見ることになって、それはそれでいいなぁと思うようになりました。湘南にはとても素敵なコミュニティーがあって、わたしはそこに入れたことがとてもうれしかったけれど、夫が亡くなって、同じところに暮らし続けるのがきつくなって渡米しました。

単身アメリカに来た直後は、会社だけが私の頼れるコミュニティーでした。でも生活していくうちに、サーフコミュニティーに入り、相方と出会ったおかげで相方が長年培ってきたご近所コミュニティーにも入ることができました。昔はどこかに属することが大の苦手だったと思えないほど、いま、どこかに属せること、属していると実感できることがうれしいです。

石の上にも3年とはよく言ったもので、アメリカ暮らしにようやくなじんで楽しめるようになったのは渡米してから3年目くらいでした。それまではホームシックはしょっちゅうでしたし、歯医者も病院も車の事故もアメリカで経験するのは初めてのことばかりで日本と違いすぎることがいちいちストレスでしたが、3年の間に一通り経験してしまえば、その後はどうってことなくなりました。

久しぶりにSの焚き火の会に参加して、こんなふうにこちらの暮らしになじめてよかったなぁとしみじみしました。いま、移民したてでホームシックの人には、石の上にも3年、一番つらいのは最初の1年、と伝えたいです。もちろん人それぞれなので、必ずしもそうじゃない人もいると思いますが。

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